医療現場の課題

日本では国民皆保険制度のもと、あらゆる人が質の高い医療サービスを受けることができます。しかし医療の現場は深刻な人手不足など様々な課題に直面しています。このような厳しい状況をどのように切り抜けて行けばよいのでしょうか。今回は日本の医療業界の現状と課題に焦点を当て、今後の動向も含めて詳しく解説していきます。

 

少子高齢化時代を支える医療業界の現状とは?

 

医療業界には病院や診療所、薬局などの医療機関だけでなく、製薬会社※や医療機器・衛生用品のメーカー、医療関連の流通業界なども含まれます。まずは、それぞれの現場の現状や課題について見ていきましょう。

 

医療機関の現状

 

日本の医療機関の経営状況は全体的にはあまり良いとは言えず、日本にある病院の4割が赤字経営であるといわれています。超高齢化に伴い医療費の抑制が進められていることもあり、病院の経営は今後さらに厳しい状況になることが予測されます。

 

医療従事者の人材不足も深刻です。増え続ける患者に対して医療に従事できる医師や看護師の数が不足しており、需要と供給のバランスが取れていません。過重労働を強いられる医療従事者も多く、貴重な人材の休職や離職も大きな懸念となっています。

 

もちろん、これまでも医学部の定員増加など人材不足解消のための施策がとられており、厚生労働省の資料によると、医師の労働時間を週55時間程度に制限した場合でも、現役医師の人数が約36万人に到達する2033年頃に医師の需給バランスが均衡になるとの試算があります。

 

もちろん、医師の総数が増えても、すべての診療科で人手不足が解消するとは限りません。特に労働環境が過酷とされる外科、産婦人科、救急科などの志望者は限られており、今後も苦しい状況が続く可能性があります。

 

医薬品業界の現状

 

医薬品には大きく分けて「医療用医薬品」と「一般用医薬品」があり、医師の処方が必要な医療用医薬品が市場の9割以上を占めています。医薬品の中でも特に需要が多いのは、糖尿病、高血圧などいわゆる生活習慣病に対して処方される薬です。

 

生活習慣病には決定的な治療法が確立していないものも多く、がんやアルツハイマー症候群など新薬の登場が待たれている分野も多くあります。多くの製薬会社は「アンメット・メディカル・ニーズ」と呼ばれるこれらのニーズに対応すべく新薬の開発を進めています。

 

しかし、日本の医薬品業界を取り巻く現状も厳しくなってきています。新薬の研究開発には莫大な費用がかかりますが、薬価の引き下げなどで開発費が回収できず、経営状態が悪化する場合もあります。

 

また外資系製薬会社との競争も激化しており、欧米の製薬会社に買収される企業も出てきています。日本の製薬業界も国際的な競争力の強化やバイオ医薬品への参入など生き残りをかけた施策が強く求められています。

 

医療機器・医療用品業界の現状

 

医療機器は「診断系医療機器」と「治療系医療機器」に大別できます。前者は内視鏡やMRIなど治療のための診断や測定を行う機器であり、後者はペースメーカーや人工関節など疾病の治療に使われる機器のことを指します。

 

医療機器業界の需要は比較的安定しており、高齢化や医療技術の発展により今後さらに市場規模が拡大することが予想されています。治療系医療機器は約4割を輸入に頼っていますが、CTなど診断系の医療機器に関しては日本が比較的高い競争力を保っており、引き続き今後の展開が注目されます。

 

このほか、注射器やガーゼといった医療関連の消耗品を製造する医療用品業界もあります。こちらも医療機器業界と同じく安定した需要が見込めるものの、近年は外資系メーカーの台頭により競争が激化しています。現状では安定している分野でもあるといえますが、将来的には病院数の減少や医療費の削減による影響は免れられず、時代の変化に合わせた臨機応変な対応力が生き残りの鍵となるでしょう。

 

医療業界の課題「2025年問題」について

 

医療業界に関する「2025年問題」について耳にしたことがあるかもしれません。日本の人口の中で最も多くを占める1947年~1949年生まれのいわゆる「団塊の世代」がすべて後期高齢者である75歳以上となるのが2025年です。これにより日本は、国民の3人に1人が65歳以上、5人に1人が75歳以上となり、世界でも例を見ない水準の超高齢化社会に突入します。未曾有の超高齢化が進んだ社会では、医療や介護、社会保障など、様々な面に深刻な影響が及ぶと考えられます。あと数年先まで迫った2025年問題は早急に対処すべき課題として取り沙汰されています。

 

人手不足が深刻な課題。2025年問題が医療業界に与える影響

 

では、2025年問題が医療業界にもたらす影響は具体的にどのようなものになるのでしょうか。

 

まず、医療ニーズが急増することは確実ですが、増えたニーズに対応しきれない可能性があります。75歳以上の後期高齢者を迎えると認知症やがんなど慢性疾患のもリスクも増大し、医療に対する需要がさらに増えることになります。しかし、現在でも深刻な人手不足に陥っている現場が増加した需要に対応できず、必要な医療が受けられなくなる可能性もあります。また、人材不足が根本的に解消されなければ、医師や看護師ら医療従事者がさらなる過重労働を強いられることになり、大量の離職者を生み出し悪循環に陥りかねません。

 

介護業界への影響も深刻です。超高齢化社会では必然的に介護サービスの需要も高まるため、現状のままでは介護保険の財源も厳しい状況に陥ります。また介護施設や介護士の人材不足は既に大きな問題となっており、要介護と認定されている高齢者でも介護施設に入所できないケースは少なくありません。このままの状況が続けば2025年以降は行き場を失くす高齢者がますます増加することが予測されています。

 

また、増え続ける社会保障費の問題もあります。少子高齢化が進行している日本では、医療費を支える15歳以上64歳未満の生産年齢人口も減少の一途をたどっています。このまま少子高齢化が進行すれば2040年には1.5人の現役世代で1人の高齢者を支えることになり、現役世代の負担がさらに大きくなり、十分な医療費を確保できなくなることも予想されています。医療費の財源を確保し現状の医療を継続するなら、社会保障費の増加や年金受給年齢の引き上げや減額も考慮しなければならず、国民全体の負担が大きくなることが予想されています。国の施策にすべてを任せるだけではなく、医療機関側でも対策を講じていく必要性があります。日本の医療業界にとって大きなターニングポイントとなる2025年はすぐそこまで来ています。