在宅療養の普及の背景
みなさんは在宅医療という言葉を聞いたことがありますか。これは、患者さんの自宅に医師が訪問して行う医療行為です。 すなわち、在宅医療は、身体の機能が低下し、通院が困難な患者さんに、自宅で医療を提供します。そして、在宅医療は先端の技術を駆使して行う「治す医療」の対極にあります。
つまり、寝たきり老人や、回復しえない後遺症を負った障害者が、通院困難だが自宅で継続医療を受けたいと思うとき、在宅医療がそれを実現します。また、治癒が困難ながんの患者の場合、多くの人は住み慣れた家に帰りたいと希望します。そのときに、自宅での治療継続を在宅医療は実現します。
在宅医療とは
在宅医療とは、その言葉のとおり、患者さんのご自宅に医師がうかがって診療するものです。
まず、第一の特徴は、在宅医療は、通院が不可能な障害者のためのものです。つまり、老衰や、身体の麻痺や、外傷後の後遺症などで、通院が困難な人のためのものです。通院が困難でも、病状が比較的安定している人、つまり、入院が必要のない患者さんは多いのが現状です。在宅医療はそういう人に医療を提供します。
第二は、当然のことですが、在宅医療は「自宅にいる」ことを最優先する人のためのものです。自宅にいて家族・知人との交流があり、住み慣れた場にいることの、快適さや、安心感をそのままにして、医療を受けることが在宅医療の本質です。その点で、快適さや社会生活を犠牲にしても、治療の円滑さを優先する病院医療とは異なります。
逆にいえば、治療の円滑さを求める場合には、在宅医療ではなく、病院医療を求めるべきです。その意味では、手術などの積極的な治療が必要な方は、在宅医療に固執すべきではないです。治療がすでに一段落している場合、長期の療養が必要な場合、治癒が不可能な場合に、在宅医療は適します。そして、病院がどうしても嫌いな人も在宅医療に適します。病院での治療が適当と考えられる場合でも「死んでも病院には行きたくない」という人もいます。
定期往診とは
在宅医療においては、患者さんのご自宅にあらかじめ期日を予告し、定期的に往診を行なう場合もあります。これを、「定期往診」(厚生労働省の用語は「訪問診療」*)と呼びます。そこに、24時間での相談・診療対応を組み合わせて、「在宅医療」を構成しています。 つまり、「現代の在宅医療」では継続療養が必要な方に、定期的に訪問しながら医療を提供します。これは、定期的な外来通院の「出前」と考えてもよいです。こういう、現在の「在宅医療」は、以前さかんに行なわれていた、急病に対する「往診」とはかなり違うものです。
過去、診断や治療の技術が単純な時代においては、自宅での医療水準は、外来診療とたいして遜色なかったと思われます。例えば、検査の手段も、聴診器とか血圧計などが中心で、自宅で用いるものと外来で用いるものがが、ほぼ同じでした。治療手段も限られていました。
しかし、医療技術の進歩により、検査を駆使して行なう救急外来が高い水準の医療を提供できるようになりました。反面、自宅ではレントゲンなどの検査も、簡便にはできないため、救急疾患に対する「臨時往診」は、しだいに時代遅れとなり、医師も行わなくなっていきました。今なお、私どもに、臨時の往診をご依頼される方が後を絶たないです。しかし、このような患者さんに往診することはメリットが少ないことが多いです。したがって、「多くの場合、初診で診療する場合には、救急外来のほうがはるかに水準の高い医療が受けられる」事実を説明したうえで、対応を決めています。
現在、在宅医療が再び注目されています。それは、先ほど述べた、さまざまな障害によって、通院が困難となった人々への、継続診療としてです。このようにして、新たな「現代の在宅医療」が行なわれています。このような患者さんでは、すでに病院で病状が一定程度究明されていることが多く、在宅医療で継続診療するにあたり、医療水準の維持が比較的容易であるという特徴もあります。
いまなぜ在宅医療か
このように在宅医療が注目されている背景の一つには人口構成の高齢化があります。日本は世界に類をみない速度で超高齢化社会に突入しつつあります。当然、介護を要する高齢者は急速に増加しています。そのかなりの部分は核家族化のなかで通院介助する人がおらず、通院困難群となります。
日本では医療水準が高く、ねたきりの障害者が生存する期間も長いとされます。介護を受ける者、介護する者ともに高齢化が著しいです。高齢者のうち夫婦のみか一人で生活する者はほぼ半数にのぼります。このような事情が「現代の在宅医療」のニーズ基盤を形成しています。
重い障害者で「施設に入りたい」人は多くないというのが現状です。圧倒的多数が自宅での生活を希望しています。とりわけ、病院での長期療養を望むものは少ないです。高齢者が入院すると、治癒しうる疾患は少なく、長期入院となりやすい傾向があります。しかし、病院に長期入院する場合、だいたいにおいて、病院は治療の場として作られていて、住む環境としては快適な空間ではないです。これらがあいまって、病院から自宅に帰りたいという方が多数存在します。
それから、最期の場所として自宅を希望する人が多いです。1982年の「ついの看とりに関する調査(総理府老人対策室調査)」という高齢者調査では、自宅で最期を迎えたいという方が7割をこえました。この現象は、高齢者ばかりでなく、予後不良の疾患を持つ人にもみられます。1990年の厚生省の保健福祉動向調査でも、自分や家族ががんになったときに、最期の場所として自宅を希望するものが過半数となっています。このような現象が現代の「在宅医療」のニーズを形成しています。